| 第11回中学生ビクトリア研修 佐々木敦斗の報告書 |
〜事前研修まで〜
僕がカナダのビクトリア市で研修をしてこようと思ったのは、5月中旬のことで、「中学生ビクトリア市研修団員募集」のポスターを見たときだった。理由は、新渡戸稲造先生の生まれた場所と亡くなった場所ということで、盛岡市とビクトリア市が姉妹都市交流をしていることを知っていたので、興味があったのと、外国に行ったことがなかったので、カナダへのあこがれがあったからだった。そのことを親に話したが、許可は得られず、「忙しい」ことと「来年もあるから」ということを理由にやめるよう言われた。それで一度は断念しなければいけなかった夢だったが、ぼくも簡単にはあきらめ切れなかったし、何日かして親から「自分のためになるからやっぱり行ってきた方がいい。」と言われ、その一言もあって、僕の決意は固まった。
しかし、カナダへの道は簡単なものではなかった。「国際交流コンテスト」に応募し、1時審査(作文)を突破後、2次審査(作文+スピーチ)で最優秀賞(1人)と優秀賞(3人)に入らなければいけない。しかも僕は2年生。当然3年生のほうが文章力も表現力もあるので、これは僕にとって大きなハンデだった。決意は固めたものの、僕を大きな不安が襲った。でも「やるしかない!」と思い、先生方の協力を得て、まずは作文にとりかかった。テーマは2つあるうちから「世界に紹介したい盛岡の良さ」と決め、盛岡の「もの」だけではなく、「人々」のことを中心に、伝統工芸品の紫根染と、僕の学区にある「神子田の朝市」のことを書いた。はじめはただベラベラと盛岡の良さだけを書いたような作文が、少しずつ良い作文になっていくことが、自分でも分かった。提出は期限ギリギリになったが、だからこそ自分の中で納得ができる作文が出来上がった。そして次の日から、読み(スピーチ)の練習が始まった。
読みの練習は本当にきつかった。「くだものなど」「みこだのあさいち」などの語句は読みにくかったし、練習期間は10日ほどしかなかった。家や学校で、カナダに行くために一生懸命練習し、文章を頭に入れた。先生方のおかげで、日に日に上達することができた。そして国際交流コンテスト第2次審査の日は、あっという間にやってきた。
僕はコンテスト会場(盛岡市総合福祉センター)に入り、まずは作文の最終確認をした。すべて暗記はしていたが、少し自信がなかったし、緊張があったからだ。順番はくじで決めた。僕は5番目で、1番目でなかったことにまず安心した。開会式の後、すぐに発表が始まった。「壬生義士伝」と映画館通りのことを発表する人、外国に行ったときのことを話す人、マイクなしで発表する人、外国から自分たちの学校に来た生徒のことを発表する人、盛岡の街を、ガイド風に紹介する人など、みんな発表する内容がすごくて、僕は自信がなかった。そんな中で迎えた僕の発表。始め返事のタイミングを間違えたが、それで気持ちが楽になり、思い切り発表することができた。原稿は全く見なかったし、途中言葉が詰まることもなく、スピードもちょうどよくて、発表時間の5分もオーバーしなかった。今までの練習をすべて出し切り、自分の盛岡への思いをぶつけた、最高の発表となった。結果はなんと優秀賞。そう聞いたときは、うれしさよりも驚きのほうが大きかった。それくらい他の人たちの発表がすごかったのだ。ほかに選ばれた人はみな3年生だった。1人だけの2年生に少し悲しくなったが、商品として図書券5000円分と賞状、そして第11回中学生ビクトリア市研修に参加する権利を手にし、その日はビクトリアにいけるという思いで、僕の心は喜びでいっぱいだった。ここまで来られたのも、たくさんのことを練習で教えてくださった先生方と温かく見守ってくれた家族のおかげだ。本当に感謝している。ありがとう。