第11回中学生ビクトリア研修
佐々木敦斗の報告書

ありがとうビクトリア!そしてバンクーバーへ
10月14日

9:28

 朝は8:00までゆっくりと寝ることができた。最後の朝食にもクリームチーズを塗る。トーストを食べているとルナ(犬)が食べたそうにしている。トーストを動かすとルナも動く。おもしろかった。そしてStacyとEmmaと写真を撮る。Emmaから手紙と自分で折ったという折鶴をもらう。本当に頼りになるいい人だった。本当にうれしい。家から出る時にもStacyにスーツケースを持ってもらう。そういえば、スーツケースが少し重くなったような気がした。お母さんとは会えなくてとても残念だ。見ると築100年の家は素晴らしい。室内は何度も直したようだ。

 学校には8:45過ぎにお父さんがきて送ってくれた。お父さんと別れるのはさびしい。庭師らしい、とても器用な人だった。スクールではMikeや他のみんなと写真を撮る。本当にいい人たちだった。別れるときには、「Thank you.」、「I hope to meet you again(Morioka).」、「I had a good day.」など、同じような言葉を何度も話し、握手、抱き合った。団員の中には泣いている人もいた。ホストファミリーには手紙、Eメールを送ろうと思う。それにぜひ盛岡にきてほしい。「一期一会」とガイドさんが言っていたが、本当にその通り。この素晴らしい出会いは、一生忘れないだろう。

9:59

 稲田さんと友達の渡辺涼太君の話をする。お土産を渡してもらえるというので、頼んだ。さて、何を買おうか?

11:08

 濃い霧のためフェリー出港が遅れている。

11:20

 出港。乗っている人は来た時のビクトリア行きよりも少ない。ここだけが話し、笑っているように感じる。みんな昼食を食べには行かない。

12:11

 フェリーのすれ違いをまた撮り忘れた。この時刻にすれ違ったってことは、ビクトリア行きのフェリーも11:20頃出発したはず。バンクーバーも霧がかかっているのか?

12:38      

 霧はいったん晴れたが、また出てきたようだ。この時間は明日のフライト時刻。大丈夫だろうか?

12:55

 バスでダウンタウンへ行く。前インターネットで見たアメリカの領土の岬も窓から見えた。

 新渡戸庭園までバスで40〜45分。以外に長い。レストランは日本食らしい。ジャポニカ米で

ありますように。バンクーバーの景色を見るのもそう機会がない。後ろでは話しているが、僕は目

に焼き付けておこう。バンクーバーは200万人都市だが、畑が多い。札幌と北海道に似ている。

 

〈ガイドさんの話から〉

    ビクトリアよりバンクーバーのほうが天気が悪くなることが多い。

    バンクーバーは「学生の街」と呼ばれている。韓国、台湾、メキシコからの留学生が多い。

    また、バンクーバーは「他国民族の街」とも呼ばれている。バンクーバーのチャイナタウンは北米でサンフランシスコの次に大きく、それもあってリッチモンドという地域には華人が多く住む。

    戦前はバンクーバーに日本人街があり、今はその人たちから数えて三代目の人が住んでいる。その人たちは日本語をまったく話せない。

    土地の値段は、カナダの中で、バンクーバーが一番高く、次がビクトリア。気候が過ごしやすい事と、バブル期だからだそうだ。

    BC州の面積は日本の約2.5倍。日本の人口密度で考えると、約3.5億人が住める計算だが、400万人しか住んでいない。人口密度は4人/?(世界で最も低いのはオーストラリア、モンゴルなど4カ国の2人、日本で最も少ない北海道は68人。)。

    カナダの川にもこの時期になると鮭があがってくる。10月下旬がピーク。

    ブリテッシュ・コロンビア大学には医学部がある。ビクトリア大学にはないため、ビクトリアからくる学生も多い。

 

13:31

 紅葉(いちょう)がとてもきれいだ。

14:01

 新渡戸庭園には野生のリス、池には鯉や金魚もいた、松や桜の木もあり、まるで日本にいるみたいだった。「願わくは我太平洋の橋とならん」と石碑もここに会った。話している人が多い。ここの庭園は10月11日から開園時間が短くなった代わりに、入園料が無料になり、チャリティーで入園料を取っているそうだ。ぼくは1.03ドル入れた。みんなには多いと言われる。入口の「新渡戸念庭園」なぜだろうか?

14:09

 道路が直線。まだまだガイドさんの話は尽きない。すごい知識だ。

14:25

 1つ1つの通りに名前が付いている。覚えやすくて便利だと思う。今日泊まる予定のセンチュリーホテルはかなりの高さ。夜景が見れそうだ。

 スタンレーパークはかなりの大きい公園だ。バンクーバーのダウンタウンは、まるで中野(東京)あたりから見た新宿高層ビル群のようだ。

14:51

 トーテムポールは前より横から見たほうがかっこよく感じる。何かに向かっているようだ。芝生で鬼ごっこをしたため、汗をかいた。

15:17

 プロスペクト・ポイントに移動し、アライグマを2匹撮る。景色は霧のためそれほど良くない。大きな貨物船が下を通っていく。さすがバンクーバーだ。外国人がバイオリンで、「浜辺の歌」、「も

みじ」、尾瀬でもないのに「夏の思い出」を演奏していた。こんなところで日本の音楽に出会える

とは思ってもいなかった。

 

〈ガイドさんの話から〉

    カナダの引越しは早い。(ビクトリア5〜6年、バンクーバー4〜5年)

 

    バスの燃料は半分電気、半分ガソリン。ビクトリアは2階建てバスだったが、バンクーバーには2つ続きのバスがある。

    トーテムポールにはサンダーバード(空の神)、クマ(陸の神)、シャチ(海の神)、サケが必ず含まれている事が多い。

    バンクーバーでは7〜8月に国ごとに打ち上げる花火大会がある。ビクトリアではわずか5分間の花火大会が2回あり、そのときは道路が大混雑する。

    ガソリンの価格はバンクーバーよりビクトリアのほうが少し安い。

 

16:11 

 ホテルにチェックイン。16:05集合のはずがトラブルがあって遅れた人がいた。

18:00

 ショッピングモールにはお土産店がなさそうなのでOKショップで買うことにする。そこまで行くのに少し迷ったが、光一郎さんが聞いてくれた。OKショップはとても安い。キーホルダーは11個で10ドルだったし、亮太君へのお土産にするためのキーホルダー、メープルキャンデー、ポストカードもここで買う。2Fには手数料なしの両替があり、108ドルを1万円に両替できた。千葉団長から5ドル借りる。あとで400円返しておこう。この両替で残ったカナダドルをすべて使った。まさに1文無し。いや、1セントなし状態だ。バンクーバーには日本人が多い。日本人が営業するお土産店もあった。

 ショッピングモール(集合場所)にもどると、中野先生がいろいろ話してくれた。よく僕の事を分かってくれている。いい先生だ。今後の勉強について色々とアドバイスをしてくれた。Listenning Plusを良く聴こう、Reading Plusを暗記して速く書けるようになろう、外国のビデオを見るのなら1人の俳優の作品にしよう、高校の英語のノートは全部英語で書こう。など、とても丁寧だった。

21:07

 亀井ロイヤルのご飯はジャポニカ米みたいだったが、やわらかすぎだった。おかずはトンカツだった。光一郎さんたちと主に勉強の話をしていて、おもしろかった。

 これがカナダ最後の夜だと思うと悲しくなる。バンクーバーも東京と同じく、眠らない町だと思う。ビクトリアのあの静けさと言ったら・・・。

 ホテルに戻ると裕太郎さんの部屋で集まって過ごす。トランプをして、負けた人には罰ゲームとしてまずいお菓子を食わされた。1回目は雄太さん。女子の皆さんも来た。その後の罰ゲームは・・・。

2回目茉莉さん(9:33)、3回目潤さん(9:53)、4回目平川さん(10:02)、5回目俊也さん(10:22)、6回目光一郎さん(10:44)。

22:46

 卓球をみて笑っている。アメリカのテレビはおもしろいし、チャンネルもたくさんある。

23:30

 明日飛行機の中で眠れるとは思わないし、8:00に集合できるかもいまいち不安なので部屋に帰る。まあ8時間寝られるし、いいとしよう。カナダ最後の夜。本当にこの研修は早かった。涼太への手紙の下書きも書いたし、寝よう。