| 特別寄稿 ビクトリアからの風 @ |
| 協会機関紙「国際交流もりおか」51号に掲載した菅原由利子さんの寄稿です。 紙面の都合で割愛した部分が多いのですが とても素敵なお話でしたので、このページに全文を掲載いたします。 |
「私とビクトリア」 
今回のビクトリア訪問では、盛岡ビクトリア姉妹都市提携20周年を記念して100名を越える市民訪問団が結成されました。それぞれの想いを胸に新渡戸稲造博士が架けた太平洋の橋を渡り、博士の終焉の地を訪れました。
私は、市民訪問団から一日遅れてカナダ入りしました。行きの機内ではこれから一年間留学するという学生と隣り合わせになり、自分が見知らぬ町へ個人短期留学に向かった時の事を想い出し、寝る間も惜しんで語り合いました。バンクーバーでは、私を迎えに来てくれた旧友たちをその学生に紹介することができ、友情の輪が広がりました。海外へ渡る目的は、人それぞれ違うとは思いますが、彼自身のゴールを見つけて頑張って欲しいなと感じました。彼の成功を心から願っています。
ビクトリアへ向かうフェリーの中は、ビクトリアでの想い出を振り返る久しぶりのゆったりとした時間でした。到着したその日の夕方は、早速ガーデンパーティにご招待いただきました。ツアーで参加していた母も連れ立ってでかけ、なつかしい笑顔に出会うと、時の流れを忘れてしまうほどでした。また、以前に盛岡でビクトリアの紹介をさせていただいた際、資料などを提供して下さったビクトリア観光協会のマイケルさんご家族に、やっと対面を果たせた事も喜ばしいことでした。
翌日は、ビクトリアパレードに参加する日。私はミス太鼓の皆さんのお仲間に入れていただき、太鼓で参加しました。待ち時間には、知人が訪ねて来てくれたり、他の出場者の演奏に合わせて踊ったり、パレードでさんさ踊りを一緒に踊ってくれる「忍者くらぶ」の児童たちと交流をしながら、出発の時を待ちました。パレードで踊り始めると、沿道には、応援にかけつけてくれた知人、一緒にかけ声をかけてくれる人、日本人の留学生が地元の人たちに嬉しそうに日本文化を紹介する姿など見受けられ、踊りの合間にお辞儀をする度に感激で胸がいっぱいになりました。
さんさ踊りのミスの皆さんは、前日もショッピングモールなどでさんさ躍りを市民にアピールして下さっていました。姉妹都市交流は、こうしたいろいろな形で関わっている人々の積み重ねがあり、その想いがひとつになった時、お互いに喜びを分かち合うことができ、さらなる発展に結びつくのではないかと感じます。
踊りが終了すると、「忍者くらぶ」の女の子が「太鼓を教えてくれたお礼」と言って手作りのバッチをプレゼントしてくれました。こんな風に子ども達が素直に異文化に接し喜んでくれるのは、日頃、日本語を教えている先生のご尽力ではないかと思います。
今、いろいろな事件が世の中では起こっています。過去の歴史を変えることは出来ませんが、未来を作る子ども達、今を生きる私達が手を取り合い、過去に起こった悲しい出来事を二度と繰り返さないことで、未来を憎しみから救うことはできるのではないでしょうか。
アラン・ロウ市長にお会いするのは2年ぶりでしたが、「YuRiko!」と変わらぬ笑顔とハグで迎えてくれました。市長がいち個人である私の、両市の交流に対する思いを受け止めてご自宅に招いて下さったり、家族ぐるみでお付き合いをして下さったりするのも、今まで両市の交流に尽力して下さった方々がしっかりと関係を築いて下さっているからだと感謝しています。
ロイヤルジュビリー病院での日本庭園除幕式では、当庭園を手がけられた藤村孝史さんのお爺様が新渡戸稲造博士からいただいた、「奉仕を続けていれば、天は認めて何かを授けてくれる」というお言葉を家訓として大切にされているお気持ちが伝わってきました。いつも笑顔を耐やさない藤村さんのあたたかさが感じられる庭園です。これから庭園の木々が育っていくのが楽しみです。
また、公式行事の合間には、地元の方々に、市民訪問団としてビクトリアに来ていた母も一緒にお宅に招いていただき、そのおもてなしに感激いたしました。母は、英語が得意ではありませんが、言葉の壁をものともせず、「ありがとう」の気持ちを全身で伝えていました。
相手の気持ちを察して思いやりを示すことは、日本人の美徳であると思います。たとえ同じ言葉を話すからといって、言葉だけに頼ってばかりで相手を理解しようとしなければ、ちょっとした言い回しの違いでうまく気持ちが伝わらず、誤解をうむこともあるでしょう。カナダは移民が多い国なので、いろいろなバックグランドを持った人で構成されています。そのため、英語を共通語としながらも、それぞれの文化背景が異なることを前提にしてお互いを慮って理解し合うことが自然に身についているのだと思います。
たとえ英語が堪能でも、心がこもっていなければ気持ちは伝わらないと思います。言葉の壁は心の壁がない限り、乗り越えられるものではないでしょうか。そして、もっと自分の気持ちを伝えたい!という思いが、英語能力の向上につながるのだと思います。
市民訪問団がビクトリアでの日程を終え、帰国の途に向かう朝、私は、地元の方々と訪問団のお見送りに出かけました。お互いの再会を約束し、見送りを終えた後、私達は、コーヒーを飲みながら、今後の盛岡訪問のことについて話し合っていました。
最後の2日間は、ロータリークラブの早朝ミーティングに始まり、とにかくできる限りの知人にお会いしました。その中でも、市民訪問団を盛岡市に連れてきたことのあるリリーさんの新居でご家族にお会いできこと、私の尊敬するチェックテレビのニュースキャスターの結婚祝いが出来たこと、また、図書交換を両市で行ったときの図書を見に行き、私が寄贈した「はなさか爺さん」を、図書館を利用していたご家族に読んだことも、想い出に残りました。
私が今まで、姉妹都市交流に携わってきたのは、周りの人に対する感謝の気持ちからです。私が初めてビクトリアに渡った時、見知らぬ土地でも限られた時間を有効に使い、少しでも皆さんの役に立てるように精一杯頑張ることが、今まで出会ってきたすべての人に対するご恩返しであると信じ、そのことが私のパワーの源であり、大きな支えとなっていました。
私が以前、短期留学でビクトリアに滞在していた時、盛岡北ロータリークラブの皆様が姉妹クラブであるハーバーサイドロータリークラブを訪れた時、通訳のお手伝いをする機会がありました。その際、父が生前にお世話になった方々や顔見知りの方々がいらして、異国の地で知人に会うこと、また微力ながらも両クラブの交流のお手伝いをさせていただけた嬉しさのあまりに感激したことを今でも覚えています。私の初めての海外生活を心配していたであろう母も、その出来事を耳にしてからは、寂しい気持ちが「お母さんも頑張る!」という気持ちに変わったようです。そして、そのことが私にとっても前進する強い糧になったことは言うまでもありません。
帰国後も、私は異文化交流のボランティアを通して、たくさんの国が世界にはあるということを意識するようになりました。だからといって、この国の人だからこう!と決めつけるのではなく、相手の文化を理解した上で、一人の人間として接してきました。
どの出会い、どの出来事にも縁があると思います。真剣に向き合っていると辛いこともあるけれど、かけがえのない縁を大切にしていくことが、自分の幸せにつながると思います。気持ちが通じなくて辛いときも、心をこめていればいつか伝わり、前に進めると信じています。
すべての出来事には意味があり、偶然ではなく必然であると感じます。その事に気付き感謝する気持ちが、また新しい出来事を導くでしょう。
今では、世界中に広がったビクトリアで出会った人々との友情、そして姉妹都市交流に尽力されている人々の熱い想いへの共感、それらの想いから微力ながらお手伝いをさせていただいています。頻繁に顔を合わせることがなくても、お互いに喜びを分かち合えるような仲間というのは、顔を合わせたらすぐに、心がほんわかとあたたかくなります。
姉妹都市交流は、それぞれの立場でのたくさんの小さな交流が大きな実を結ぶのだと思います。再び、たくさんの笑顔に会えるように自分にできる限りのことをこれからもみなさんと頑張っていきたいと思います。